どう出版編集部ブログ

季刊誌『道』を発行している、どう出版の編集部が書き綴っていきます。

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1月22日、新しい『道』が出来上がり、皆様にお届けしています。

心に深く響いたり、自分を省みるきっかけになったり、
元気を注いでくれたり、読む人それぞれの思いがおありではないかと思います。
ぜひ、読後の感想をお寄せください。(送り先: 編集部

『道』編集部では、いただいた感想文を、登場くださったすべての方々にお送りしています。
自らの発信がどのように届き、どのような思いを湧かせたか、勇気づけたかを知ることは、またその方のエネルギーになると思うからです。

前号182号(2014年秋)で取材させていただいた、ルワンダの教育を考える会理事長のカンベンガ・マリールイズさんに、読者の方々からいただいた感想をお送りしたところ、以下の嬉しいお葉書をいただきました。

 先日は『道』と私への読者の方からの感想をわざわざお送りいただき、ありがとうございました。取材後、ここまでフォローされたのは初めてでとても感激いたしました。これからも末永く見守りください。
 
 また、同じ号で、「今に語り継ぐ 戦時を生きた知恵と心」にご登場くださり、十代で従軍看護婦として戦中・戦後を生き抜いた経験を語ってくださった太田リセさんにも、2015年1月号とともに感想文をお届けしました。
奈良県立桜井高校の生徒さんたちが太田さんの記事を読んで書いてくださったものです。


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赤十字救護看護婦の方たち 一番左が太田さん


そしてすぐに、太田さんからお手紙をいただきました。


 『道』最新号をいただきました。
 皆様のご労力に感心いたしました。こういうお努力に依って、昭和の戦争が浮かび上がり、あの頃の私達世代のことに、今の方達が少しずつ目を開いてくださることが、「撃ちてし止まん」の時代への足止めをしてくださる、と、とても力強く思いました。国の力に抗えず、命を捨てざるを得なかった若者達への鎮魂を、一生懸命なさってくださることへ、深い感謝を捧げます。ありがとうございます。
 私でお役に立つことがありましたら、何時でもご用命くださいませ。寒さが辛い日々ですが、どうぞお元気でお過ごしくださいませ。

かしこ    太田リセ  


インタビューで、
「私たちが死んだら記憶がなくなる。何かの形でしっかりと残さなければ」と語っていた太田さんの思い。
それをしっかりと受け止めて伝えてくれた高校生の皆さん。

『道』が、こうした見えないつながりを生み出してくれたことが、本当に嬉しいです。
『道』にかかわるすべての人に感謝申し上げます。
ありがとうございます。



182号の感想は【こちら】でお読みいただけますが、以下に太田さんにお届けした感想を掲載します。


● 戦争というのは こういうことなのか  (高校2年 Y.O)
 一番印象に残ったお話は、戦時当時、日本赤十字社従軍看護婦でおられた太田リセさんのお話です。
  太田さんのお話を読ませていただいて思ったことは、時代が変われば人も変わるということです。今の日本は戦争もなく、日本で暮らす人々も穏やかな日々を送っていると思いますが、太田さんのお話によれば戦時中は毎日生き死にがかかっていて、常に「国のために何か」という考え方を持っていた方がほとんどだったと思います。戦争というのはこういうことなのかと思いました。
  自分の意見を持っていたとしても発信はできない、多様性がまったくなく、一つの生き方しかできなかったと書いてありました。
  戦時中の方々はその次代に適応しながらも、しっかりと自分というものを持っていたと思います。今の時代の人たちで自分をしっかり持っている方は少ないと思います。そこが大きな違いだと思いました。

● 戦争の記憶を伝えて、戦争を繰り返さない  (高校2年 T.Y)
 僕は太田リセさんの従軍看護婦としての戦争体験を読ませていただきました。太田さんは「私も役に立ちたい」と14歳くらいの時にすでに考えていたのに驚きました。僕が14歳のころは毎日勉強して、遊んで、ごはんを食べて、寝ての繰り返しで何かの役に立ちたいとか考えたことがなかったと思います。戦争は良いのか悪いのか生きるために人の心を急速に成長させるように思えました。
  太田さんが僕と同じ年頃には学校ではなく、看護婦として病院に勤務し、空襲では患者をおぶって命がけで逃げ、何度も死にかけたと思います。終戦を迎え、今は平和すぎるくらい平和で、太田さんが最後に書かれている通り、この戦争の記憶を伝えて同じ過ちを繰り返してはいけないと思っています。
 戦争の悲しさを、また違う面から知ることができました。ありがとうございました。

● 今やるべきこと。失敗を恐れずやっていくこと  (高校2年 女子 Y.T)
 『道』を本で読むのは今回で初めてで、一つひとつの話がとても自分のためにも人のためにもなると思いました。
  福島県での原発事故の本当の姿を伝えてくださる方。子供の笑顔を守るため、夢を語れるようにするため活動されている方。戦争の怖さを今後のために本に知らせてくださる方。様々な分野の方があちらこちらでご活躍されているのがよく分かりました。
  私が一番思ったことは、どのような分野であってもご活躍されている方に共通しているのは、「行動を起こす」ことだと思いました。周りにどれ程侮辱されても、どれ程結果が出なくても、起こし続けているからこそ結果が後からついてくるのだと思いました。「努力は報われる」ただのきれい事に聞こえるかもしれません。しかし、努力とは根気よく行動を起こし続けることだと思います。たとえそれが、効率が悪かったり、怒られたりするようなことでも行動するだけで意味があると思います。今できることは限られています。その限られていることの中でどれだけ失敗を恐れずにやっていくことができるかが、今の私がやるべきことだと思っています。
  日々の積み重ねが私自身をどれ程成長させてくれるかなんて分かりません。一つ分かることはやり遂げた時にやっと成長できたと感じることができることだと思います。自分のできること、やるべきことを行動に起こし、恐れることを怖がらず、初心にかえることができる人間になりたいと思いました。

● 自分の考えを持ち、「誰かのために」やっていきたい  (高校2年 女子 H.S)
 『道』を読ませていただいて、私は「軍国少女 あこがれで看護婦に」というところが印象に残っています。太田リセさんが赤十字従軍看護婦になられたのが17歳だと書かれているのを見てとても気になり読みました。読み終えた時、私は、悲しい、辛いとも違う、よくわからない気持ちになりました。
  私は今年で17歳になります。今、戦争が始まったら私は、太田リセさんのように「誰かのために生きるという生き方がしたい」とは思えないです。きっとまず自分が、自分の家族が生き残れるかを考えると思います。
  看護婦になりたいと思って看護婦になった、婦長へのストライキ、終戦前夜にあった空襲の時に患者を背負って逃げる、など、私にはそんな行動力があるのか、今の私にはありません。両親がいて兄弟がいて友達がいて、たくさんの人に守られて、事件や事故、戦争も経験していない、自分の小さな悩みが不幸だと勘違いして自分の意見もろくに言わず、行動も起こせない自分はなんなんだろうと思い考えました。これがよく先生がおっしゃる「平和ボケ」なんだと思いました。
  文の最後に「今の時代を行きている方たちは、しっかりと自分の考えを持ち、大事に人生を生きてほしいですね。喧嘩なんてしていないで。戦争は絶対に駄目です」と書かれていました。文にもあったように戦争している時代は、自分の意見を言ってはいけない、それをしたら生きていけない。一つの生き方しかできなかった。そんな時代ではないと、この一文で気づかされました。
  普段、生活している中での校則や法律は、戦争中の徴兵令や召集命令とは違って、私たちがこれから先、将来楽しく伸び伸び暮らせるようにと作られたものではと思いました。自分の意見や考えをしっかりと先生や親に伝えることができる今、悩むことも喧嘩することも、時には大事かもしれませんが、自分を持ち、自分の考えを、したいことを、小さなことでも“誰かのため”になるようなことをすぐ行動に移していけるようになりたいです。


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2015.01.28 17:47 | 編集部より | トラックバック(-) | コメント(0) |

こんにちは。先日、新しい『道』183号ができあがりました。

すでにたくさんの方々から感想をいただいています。『道』をてがけていて、一番嬉しい瞬間は、こうして読者の方々から、感想をいただく時です。本当にありがとうございます。

「今回の『道』も素晴らしい内容でした。
 頭が大きく揺さぶられるような衝撃を受け、毎日読み返しております。」

「今回の対談を読ませていただき、自分のスケールの小ささ、スピードの遅さを実感しました。佐藤芳之さんの個が光っていれば相手を変えることができる。宇城先生の一人革命。私も自分自身が変わっていく、成長することで周りに良いエネルギーを与えるような人間になりたいと改めて思います。」

「中村氏の語る日本人のまじめさ、道徳の高さに改めて日本人としての誇りと希望を感じました。」



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『道』にご登場いただいた方々の生き様に触れて、読者の方々が、元気をもらったり、触発されたり、自分を振り返る機会となったりする、それは自分自身がまさに取材や編集を通じて感じていることなので、そんな感想文をいただくと、本当に嬉しくなり、読者の方とつながることができたように感じ、とても幸せを感じます。

編集後記にも書きましたが、巻頭対談で登場くださった、佐藤芳之さんの言葉「ただ出版するだけではなく、知らしめないといけない。伝えたいことをアクションに結び付けていく具体的なプログラムが大事」は、とても心に響きました。何のためにこの本を出すのか、出し続けたいのか、それはまさに、感動の先にある行動という形で、読者とつながること、そして自ら動いてこそという思いがあるからです。

今、日本では、毎年ひどくなる自然災害はもとより、家族同士の殺人事件、誰でもよかったと人を傷つける若者、信頼を失い、テロの標的になっていく日本という国・・・・暗く、そして悲しいニュースばかりが続いています。
本当に、このまま日本はどうなってしまうのだろう、そんな思いにかられます。

そんな時に、ぶれない方々の心と生き様に触れ、そこで感じたこと、学んだことを自分の日常に生かしていける『道』はまさに、自分自身にとって人生の教科書のような存在です。『道』が多くの読者にとっても、大切な1冊であってほしいと願わずにはいられません。

そんな思いを込めて、これからも『道』を出し続けます。

いただいた感想は、すべて、ご登場くださった方々にお送りしています。皆様からの感想をお待ちしています。よろしくお願いいたします。

2015.01.28 15:28 | 編集部より | トラックバック(-) | コメント(0) |
福島駅でレンタカーを借り、カーナビを頼りに「吉沢牧場」へ。

福島駅周辺の市街地から114号線に入り、飯館村を抜け、南相馬へ……。

沿道の、おそらくは水田に、除染した土を詰めたバッグが何層にも積まれていました。民家の庭にも積まれていました。
そんな風景に、重苦しい気持ちになりながら車を走らせていると、不意に目前に警戒区域のバリケードが現われ車を止めました。そのすぐ脇が、吉沢牧場でした。

「決死救命、団結」とスプレーで大書されたブルドーザー。
風にはためくカラフルなロゴの「希望の牧場 ふくしま」ののぼり。吊るされた牛の腰骨。


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牧場内に入っていくと、牧草ロールが山と積まれ、柵の向こうで牛たちが黙々と牧草を食べています。

代表の吉沢正巳さんは、牛たちがいるすぐ脇にある真っ赤なコンテナハウスに案内してくださり、話を始めました。

地震発生から、原発建屋爆発の瞬間、混乱の中で東京を目指し東電や官邸への乗り込んだこと ―― 牛たちを、餓死も、殺処分もさせないと決め立ち上がった、「希望の牧場 ふくしま」の今。

よく通る声でとうとうと語る吉沢さんの視線は、常に窓の外の牛に注がれていました。
お話はいつしか、原発避難者への「待っていてはだめだ、動き続けよう」というエールとなりました。

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コンテナハウスを出て、牛の世話をしながら吉沢さんは何気なく言いました。
「食って、たれて、それがこいつらの幸せ。」

それを今この場所で守り続けるためには、たいへんな労力と資金が必要です。それでもそれを、吉沢さんはじめ希望の牧場はやり続ける。
そうはっきりと信じられました。

はじめは、このような状況のなかで何故「希望」なのかと疑問に思っていたのですが、現実をしっかりと捉えた上での、願いと覚悟に裏打ちされた活動は、「希望」こそふさわしいと思いました。


吉沢さんのインタビューは、1月22日発売の季刊『道』183号に掲載します。

2015.01.09 10:41 | 編集部より | トラックバック(-) | コメント(0) |
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